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古民家再生物語・久留米天神の町家(その1)


この町家は、築年月は不詳ですが、昭和17、8年ではないかとのこと。築約70年経過の町家のようです。西鉄久留米駅近くにこの古民家があります、かなり雨漏りが酷く、屋根にブルーシートを被った状態でしばらく空家になっていました。この古民家を活かして和料理を提供できる店に再生することにしました。

2016・11・02

2016・11・07

きょうから始めます。 台所と風呂を撤去して、ここに厨房を設けます。ここはもと土間であったような痕跡が見られます。煤けた土壁の奥が旧風呂場です。

出来る限り建築当初の空間にするために余分な造作類は撤去します。天井が高いのでこの空間を活かしたものにしたいと思います。

2016・11・15

きょうの作業。旧風呂の撤去と土間の斫りです。

今回は、レンガ、瓦片、タイル、コンクリート片に分類して産廃処分することにしました。 「捨てればゴミ、活かせば資源」なのですが・・・・・。

コンクリートの土間を剥がすと、その下に更に、コンクリートの土間が現れました。

庭の再生 きょうは庭木の剪定も行いました。放置状態の庭木を剪定することにしました。樹形が荒れていて、この木(槇)を活かす為にも樹形を把握しておきたい為です。

かなりスッキリしましたが、樹形は荒れてしまっていましたが、これを活かし、元あった庭を想像しながらの庭づくりをする予定です。

2016・11・17

交差点に面するコンクリートブロック塀を撤去しました。 交差点の見通しが良くなり、社会に貢献!?してます。少し残してあるのは、このブロックが二重に積んであるのを活かして、交差点事故で車が飛び込んで来ないように!!です。 槇の木のバランスが変になりましたが、風通しも良くなったので、新たに植栽を増やして調整する予定です。レンガの門柱も活かせるようにします。

2016・11・22

厨房設備の給排水の配管作業。

2016・11・30

厨房の土間打ちの準備です。

前庭の再生

町家の前庭。今は槇の木のみで、かつては松も植えられていたようです。縁側の沓脱石、庭石、が残っています。この庭を再生することにします。 庭石は作庭当初のままにし、その庭石を活かして、庭づくりをします。

奥と手前の石はそのままにし、中の小さい石は、掘起こし少し手前に移動しました。 あすから漸く始まる屋根の葺替えで不要になる瓦を使って庭づくりをします。 2016・12・01 屋根の葺き替え。漸く始まりました。 熊本の震災で屋根屋さんが中々予定が立たずに延び延びになっていましたが、漸く始めてくれることが出来ました。

降ろした瓦は庭づくりに活かすことにします。 「捨てればゴミ、活かせば資源」です。

野地板も取り替えることにしました。

2016・12・08 入母屋の屋根は複雑です。一日で出来る範囲を決めて作業しないと途中で止めるわけにはいきません。流石に職人さんの作業は手際が良い。

縁側の軒裏。杉の野地板も張替えです。

内部では、厨房部分の土間打ち、ブロック積み、完了しました。

2016・12・09

きょうから屋根葺き職人さんによる瓦葺き始まりました。

庭づくり 役目を終えた瓦を再利用します。既にある庭石を活かしながらの庭づくりです。 座敷(客席)からの目線が椅子に座った高さに変わるので、庭も上げないとバランスが悪くなります。そこで奥を高くします。 更に、この庭、座敷から見る庭と、アプローチから見る庭、の2方向から見る庭にする必要があります。

この瓦の裏面に「城島・統制」の刻印があります。「城島瓦は業者相互の連携強化を大事に考えて明治37年筑後瓦工業組合を発足させ、昭和15年に粘土瓦統制組合と改組、物価統制令によって軍需品並みの扱いを受けることになった」(城島瓦協同組合HPより)。そんな時代背景の中で焼かれた伝統的な粘土燻瓦です。

2016・12・10

雨落ちの溝をつくろうと掘り返したら以前の雨落ちの溝跡らしいものが現れる。

かつてこの庭をつくった人と同じ考えであることにチョッと感動。

この庭にかつてはどんな植栽を施していたのだろう?などと考えながらの作業は楽しいものです。石組みの配置をそのままにして活かす庭にしたいと思います。

2016・12・12

アプローチ部分に庭木の切株があって撤去したいのですが根が深く、手こずってます。切株を残すと白蟻の原因になります。

アプローチ部分にも古瓦を活かして庭の一部にし、庭の中を通って店に入るようにします。

つづく(その2)へ

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